仲村清司さんと行くのは「あそんじゃおきなわ」だけ! 『ほんとうは怖い沖縄』ミステリースポット体験ツアー
『ほんとうは怖い沖縄』著者仲村清司さんと行くガイドツアー。「あそんじゃおきなわ」限定企画!ディープで不思議な沖縄を感じてみませんか?

1996年に沖縄に移住した大阪生まれの沖縄人2世で、作家や大学非常勤講師として活躍。これまでも、『爆笑沖縄移住計画』、『住まなきゃわからない沖縄』、『沖縄大衆食堂』(共著)、『ザ・ウチナーンチュ』、『沖縄うまいもん図鑑』、『泡盛「通」飲読本』(共著)、『仲村清司の独断偏見!!沖縄とっておきの隠れ家』など、うちなーんちゅ2世でありながら移住者という視線でみた「沖縄」を著してきた仲村清司さん。彼が罰当たりと罵倒されることを覚悟で書いた『ほんとうは怖い沖縄』はベストセラー。
その仲村清司さんと行く「あそんじゃおきなわ」オリジナルのプログラムがこちらです。
沖縄の聖域、「御嶽(ウタキ)」や戦跡、実は怖いスポットや不思議なスポットを仲村さんと一緒に巡り、歴史や文化などと合わせてディープな沖縄をご紹介。
他では体験できない、「ほんとう」の沖縄を知ることができるツアーです。
※あくまでも沖縄のもうひとつの文化を知るもので、心霊ツアーではありません
どちらかというと、文化・歴史・伝統・伝承・平和というキーワードが当てはまるツアーです。
★☆ポイント★☆
・仲村清司さんが直接ガイドするツアー!
・著書『ほんとうは怖い沖縄』をお持ちいただければ、ツアーへの参加記念として仲村清司さんが本にサインを致します。
・手作り!オリジナルレジュメをお渡しします。
・ガイドブックや観光施設だけでは楽しめない沖縄のディープな部分を楽しめます。
・ベテランドライバーの運転するタクシー(ジャンボまたは小型車)で移動するので安心。運転はお任せでガイドをしっかり楽しめます。
毎週木・土曜日(不可日あり、カレンダーで確認下さい)
| 料金 | 大人お1人様:12,000円 |
|---|---|
| 集合場所 | ゆいレール美栄橋駅前広場 午前9時50分
美栄橋駅国際通り側出口より降りて、国際通り向けに道を一本渡った場所になります。(駅の真下ではありません) 送迎等はありませんので、公共交通機関などを利用の上、お客様自身で直接お越しください。 お車でお越しの場合は、最寄の有料駐車場等をご利用ください。(駐車料金はお客様負担) |
| 注意事項 | ・ツアーの実施に関しては予約完了のメールを弊社より返信しております。こちらのご連絡をもって日付の確定となりますので、予めご了承ください。 ・このツアーは他のお客様と乗合のコースになります。ご了承ください。 ・ツアー代金には「タクシー乗車料、ガイド料」が含まれます。それ以外の食事や入場、及び個人的な費用などはお客様のご負担となります。現地にて各自お支払いをお願いたします。 ・最少催行人数は3名からになりますが、3名の場合は小型タクシーとなります。ご了承ください。 ・最少催行人数に達しない場合は中止となります。また、催行中止になる可能性がある場合は日付の調整等の御願いのため、ご連絡をさせて頂く場合があります。 ・予約の際に前泊先(参加前日から当日朝までの宿泊先)をご連絡ください ・予約の際は現地での緊急連絡用として携帯電話の番号を連絡ください。 ・天候などにより中止または内容が変更となる場合があります。 ・送迎はありませんので集合場所まで直接お越し下さい。 ・聖域などを巡るため、ガイドやその場所でのルールや指示に従って下さい(難しいものではありません) ・各施設が他の団体様などの予約で入れない場合やお休みとなっている場合は、代案として別の場所をご案内いたします。事前にご了承ください。 |
| 所要時間 | 約6時間 |
| 所要日数 | 1日 |






















以前から、仲村さんの著書が好きでよく読んでいました。
昨年のはじめに、栄町の居酒屋のご主人からは、お店に入るなり開口一番、『仲村さんの本を読んできたんかぁ』と言われ。
初めてにお店でしたが、本に登場する『壺屋のウィークリーマンション』を紹介され。
次の来沖時に泊まったところ、『今回お泊り頂く4階は、仲村さんも滞在してたのよ』と聞かされ。
勝手に仲村さんに縁を感じ、『『ほんとうは怖い沖縄』ミステリースポット体験ツアー』参加を決めました。
今回のツアーは、参加者は私たち2名だけのとっても贅沢なツアーとなりました。
ツアーは、『見栄橋たもと”7つのお墓”のお話』からスタート。
『シュガーローフの丘』⇒『旧県立博物館跡”耳切り坊主の伝説”』⇒『金城町の石畳から大アカギ 』⇒
『糸数アブチラガマ』⇒『斎場御嶽』⇒『真玉橋』までのコース。
どのポイントでも、歴史的考察やご自身の体験を交えてお話をしてくださり、とてもいい経験ができました。
今回一番の思い出は『糸数アブチラガマ』で語られた、戦争の悲惨さ、民間人の言葉に表せないぐらいの辛さ。
そして、懐中電灯を消して真っ暗闇のガマの中。
仲村さんの言葉の向こうから、このガマに居た、ひめゆり学徒隊・民間の方々・負傷者の方々の”気”を感じることができました。
楽園としての沖縄だけを楽しみ、『沖縄戦』や特に琉球処分以降の『沖縄の歴史』を正面に見据えることを避けてきました。
今までも、「海軍司令部跡」や「ひめゆりの塔」にも行ったことがあるのですが、観光客の目線でしか見ることが出来ませんでした。
今回のツアーに参加することにより、仲村さんの言葉で語って頂き心に響きました。
参加して、本当によかった。
『沖縄の歴史』から逃げないで正面に見据えて学んでいくきっかけになりました。
ありがとうございます。
そして、向田さんに逢わせて頂きありがとうございます。
「向田さん!ごろにゃーん!!」
次回もまた是非参加させていただきたいと思います。
まだ 病み上がりなので、体力が不安でした。ところが、講師の仲村さんは、私よりもっと、ゴホゴホしてるのでした。大丈夫か?
南城市の糸数アブチラガマには圧倒された。全長270メートルに及ぶ自然洞窟。沖縄の非戦闘員の避難場所、といえば聞こえはいいが、住民は皇軍と称される輩たちよってガマ入り口近くの、最も米軍の火炎放射器を浴びそうなところに集められた。日本軍の陣地として利用され、南風原陸軍病院の分室として、たくさんの負傷兵や病人が集められた場所です。
我々は、ヘルメットをかぶり(頭が天井に何度もあたった)と懐中電灯持参で巡りましたが、途中、講師の仲村さんが、懐中電灯を消してみましょうと。まったき暗闇の瞬間でした。ふだん電気を消して寝ていたって、こんなひとかけらの光もない「暗闇」に出会うことはない。真っ暗って、こういうことだったんだと、胎児の記憶に戻るような不思議な感覚に襲われました。
このガマでは、最大で非戦闘員を含む900人近くがこもっていたそうです。まさに生き地獄だったことでしょう。そして、救いは暗闇だったかもしれないと仲村さんはいう。臭いは防ぎようがないが死にかけた病人、負傷兵の苦悶を見ないですんだから・・・。
一同、申し合わせたわけでもなく、言葉も出ませんでした。
ここは学芸員同行でないと入れないので、修学旅行の生徒たちさんが中心のようです。実際、一般に開放されても、歩くのはとても危険なところでした。身障者と老人にはとても無理です。ごつごつした、すべりやすい岩ばかりの洞窟で、わたしも久しぶりに緊張して、ひやひやしながら歩いたのでした。
今年中に、もしかしたら、
もう一度行けるかもしれない。
という期待は、
ほぼなくなってしまった、沖縄
先日の那覇行きでは、
那覇マラソンの他に
とても良い経験をしていました。
仲村清司さんと行く
『ほんとうは怖い沖縄』
ミステリースポット体験ツアー
http://www.okinawa-asobi.jp/d78509.html
このツアーの元になったのは、
今年に発売された
『ほんとうは怖い沖縄』
仲村清司/著
http://www.shinchosha.co.jp/book/324341/
本を読んでいるだけで、
思うところはたくさんあり、
今回のツアーに参加させてもらう
以前に、沖縄を訪れたときに、
自分なりの気持ちの整理なども
しつつ、ツアーに参加していった
経緯は、ほんとに、ほんとに
よかったと思えることでした。
那覇のよく通っている、
ゆいれーる見栄橋駅付近
新都心のおもろまち駅付近
不思議な体験をしても
おかしくない悲惨な歴史の土地
首里城へ行く道のり
首里城近辺にも、ふだん観光と
して通る道にも、
あまり目立たずひっそりと
悲惨な歴史が詰まっている場所
の多いこと。
私も何度か、充電して間もない
カメラの電池がいきなり切れる。
電源ONしても、すぐに
OFFになる。
初めて会った人に、
「久しぶりだね」と声をかけられる。
聞いてないのに、目的地の方向を
教えてくれる。
今日は、ここに入るのは、
絶対ムリ。今日はダメ。
いつもは踏み入れるところでも、
その日だけは、泣きたくなるほど
ムリだったり。
不思議な経験をしてきてはいますが
あまり深く掘り下げなかったことを
本を通して、ツアーを通して、
少し入りやすく、そして、
改めて考えたり、
本当に良い経験でした。
以下は、感想文です。
この日のツアーでは、仲村先生、
参加者の女性3名
そして、タクシードライバーも、
欠かせない方でした。
県外は私のみで、
私以外は沖縄に在住の方々
それだけに、私にとっては、
それぞれ沖縄への関わりが違い、
いろんな話が聞けたことは、
幸運でした。
ツアー前夜にもお会いし、
ツアーの同行者も以前から
知る方とわかり、
その日に参加したことも、
縁を感じました。
ツアーで訪ねた場所、内容から、
それぞれが体験してきた事等
広がる話題が多くて、
とても興味深い時間を
過ごせました。
◎金城町の石畳から大アカギ
静けさと空気を感じたくて、
これまでは1人で来ていて、
誰かと来るということは、
初めてでした。
でも、仲村先生や参加者には、
日常に親しんだ場所だったり、
話を聞くと、また違った楽しさに
新しい「道」が開けたようです。
◎沖縄陸軍病院南風原壕郡20号
著書では紹介されていない場所
天気が良く、青空が広がり、
手入れされていないススキが
うっそうと茂る小高い丘。
その下では、無数のどう繋がって
いるのかわからない穴が
掘られて、病院としての機能が、
本当にここであったのか
今も信じられない。
柔らかい口調での説明を聞いて、
記念碑と平和の鐘を鳴らして
鐘の振動が、手から身体に
響いた後
いざ壕の中へ入るのには、
恐怖で息苦しくもなり、
一瞬迷いもありました。
外の光はまったく入らず、
連なって進んで、
懐中電灯で、足元を照らしながら
いても、行く先を見失いそう。
当時、壕の中では、
空気が薄くなって、ろうそくが
消えて、仰いで、
空気を入れていたとのこと。
壕の中で、懐中電灯の明かりも
消して、真っ暗にした時
私は、そばにいる人の腕に触れて
一寸先は闇の不安に、
ただ絶えるしかなかった。
そこにあるのは、満足な治療も
受けられず、自決も強要された、
何百人の方達の居場所だった、
という事実。
戦争の悲惨さを感じとる場所
ずしんと重い気持ちを持ちながら
壕の外に出た時、
外の眩しさと、
隣接する野球場からの、
バッドの金属音に、応援の歓声が
違和感すら感じる、平和さ
壕がある事実とのギャップに
一瞬たじろぎました。
そこにあった事実は、
平和と隣りあわせだった。
そのまま平和な時間を、
いつまでも見届けていてほしいです。
◎斎場御嶽
何度か訪れている場でもあります
が一味違って、わかりやすく、
深いところの説明をしていただき
荘厳な雰囲気と合わせて、
興味深く楽しめるものでした。
私事ですが、サングーイの
通った先から、久高島が、
望める拝所と、
緑の館からウジョウグチへ向かう
森林への入り口が、
同じ形に見えると、
来て良かったと思えるのです。
この日もそうでした。
「ほんとうは怖い沖縄」は、
「ほんとうは深いところの沖縄」
を改めて知るきっかけになること
がたくさんありました。
今回のツアーでは、
訪れなかった所にも、
興味を持てることが、
まだありそうです。
ツアーが進むにつれて、
タクシー車内では、
それぞれの興味深い話題に
発展したり、参加してみないと
わからないです。
「風庵」での昼食は、
優しくてほっとする美味しい
お蕎麦
向田さんにも会えた、「酒道亭」
とても美味しかったです。
参加させていただき、
本当にありがとうございました。
楽しく参加させて頂きました。
地元人として、良い体験が出来ました。
スタート地点の美栄橋駅も初めて立った場所でした。
日頃、車での移動ばかりで行き先もほぼ同じ・・。
身近な場所から、歩いて知ることの楽しさを教えてもらえました。
地元の人の参加者が、増えると良いですね。
別のコースも参加したいと思いましたよ。
歴史的考察も含め、ユーモアも交えながらの仲村氏のお話はとても愉しく、ためになりました。
コースは毎回違うと伺っていますので、また参加させて頂きたいと思います。
ありがとうございました。
あります。ことさら重い扉もありますが・・・」
乗り込んだツアータクシーの中で配られたしおりにこう書かれてある。
どきんっ!扉という文字を見た時、鼓動が
早くなった。
その扉・・・・、その扉は観光ガイドに
書かれてある底抜けに明るく楽しい沖縄には
繋がっていないことは確か。そこには青い海も喧騒もないはず。一体何が待っているんだろう・・。闇しかなかったらどうしよう。
頭の上に沢山のはてなマークを浮かべる私を乗せて、タクシーはどんどん進んで行く。
扉のむこうって・・・?
首里の達磨寺へ着いた。沖縄でお寺?なんだか不思議な感じ。本堂には神社にある願掛けの鈴が堂々とあったりする。きっと一人で来ていたら気づかなかったかも。気づいてもさらっと流すだろうなぁ。頭にも残らないかもしれない。
旧県立博物館前の耳切り坊主の伝説。観光で沖縄に来た時、何度も通った道のはずなのに
全く知らなかった。看板すら出ていないのだから・・。
次に訪れた首里の32軍司令部壕トーチカには本当に驚かされた。ただのコンクリートの塊が道の脇にぽつんとある。
子供が喜んで登って遊びそうな感じの何気ない塊。仲村氏に促されて塊の下の部分を見た。2つ、小窓のように穴があいていた。
そこから日本兵が銃を出して撃っていたとの事・・。知らなかった。こんな日差しが気持ちいいこの場所にこんな悲しい場所があったなんて。ここで戦闘をしていた兵隊さんは
本当に勝てると信じて撃っていたのだろうか?家族を思い泣きながら引き金をひいていたのじゃないかと悲しくなってしまった。
もちろんこのトーチカには看板など立っていない。教えてもらわなければ知り得なかった事。
その後、御嶽へ行く。何と例えていいのか言葉が浮ばない・・・。荘厳で知らない人が入るのを拒んでいるかのような大きな大きな木と空気。
でもあたたかな気持ちが伝わってくる本当にふしぎな場所だった。「お邪魔しました。ありがとうございました」と言いながらその場所を後にした。
強烈な思いを体験したのが豊見城海軍司令部壕だった。
資料を見、仲村氏の説明を聞きいざ壕へと
言う時、今まで普通に思考出来ていた頭が
壕入口に来た途端止まってしまった。まわりくどい言い方になってしまったが、ようするに入れなかったという事。足が動かなくなり、涙が出てどうしてもダメになってしまった。行こうとしてもダメだった。
私はこの出来事を霊的な事とは思っていない。
ここに眠る人達に失礼だ。以前から心霊スポットというくくりにしてしまいたくなかった。ここだけは絶対に。
しかし、何かが私の感情と体に反応したのかもしれない。入れなかった事、ここで亡くなった人々の最後の場所をしっかり見れなかった事を詫びた。ごめんなさいと。
車内で仲村氏から琉球の歴史の話を沢山聞いた。いろんな説、仲村氏の考察を交えた話。
ミステリーというけれど、闇というけれどそれは歴史の上にある事実。
それを私達が知らないゆえに、勝手におどろおどろしくしてしまっているだけなのではないか?と気づいた。
このツアーへ出発する時、何人もの友達にこんな事をよく言われた。
「修学旅行で沖縄の戦跡へ行ったよ。あそこは出るよ。気をつけて」と。
平和の尊さを学びに行った修学旅行のはずなのに、何十年か経つとその場所が脳内で「出る場所」にすり替えられてしまっているのかと呆れて愕然としてしまった。
何の為の学習だったのか・・。
私はあっちの世界を肯定も否定もしない。
でもこの事実は情けないことじゃないだろうか。
仲村氏は霊的な世界を否定している人。
だから私はこのツアーに参加したのかもしれない。
その仲村氏が「怖い沖縄」を案内してくれるのだからこんな贅沢な事はない。
本当に怖い沖縄は、本当に深い沖縄だった。
今まで知ろうとしなかった、知れなかった
沖縄があった。
扉の向こうが少し見えた。
扉の向こうは私達が知らなかった歴史があった。
参加出来て本当に良かった。
ありがとうございました。
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